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夏の終わり

 最高の夏だのこの世はクソだの吠え続けていたら8月はとうに終わっていたし、夏も終わって秋の匂いがしてきた。この瞬間、この秋が少しずつ来るこの時期が1年で1番嫌いだ。死にたくなるし、孤独感に押しつぶされそうになるし、常に人と喋っていないと泣きそうになる。逆に人と喋っていても泣きそうになる。

 実際はそんなことないけれど。やっぱりこうして文章を書いていると多少は誇張してしまう。実際そんなに孤独感もないし泣きそうにもならない。多少はそう思う、というだけの話だ。大阪人は話を大げさに語る悪い癖がある。

 

 今年の夏もいろいろあった。生まれて初めて(昔もあったらしいが幼すぎて記憶にない)お葬式に出席した。お葬式というのは本当に滑稽なもので、人が死んだというのに何だかコメディめいた雰囲気が漂っていて、みんな結構笑っている。それにつられて自分もヘラヘラしていたりすると、それを注意されたりしてよくわからない。

 そしておばあちゃんとのお別れの時、なぜか自分だけ泣けなかった。涙の1粒も出なかった。普段はあんなに映画館でいちいち感極まって涙を流しているはずの自分が。ポール・ウォーカーの死で泣いた自分が。なぜおばあちゃんの死で泣けないんだ。意味がわからない。人の感情って何なんだ。その後、救いを求めるようにインサイド・ヘッドを観直してみたものの、謎が深まるばかりでビールに溺れる深夜の満月の美しさ。

 

 満月も美しいけれどそれを引き立てる夜空だって美しい。先日、複数人の友人と一緒に高校時代の友達の家(死ぬほどの田舎)に泊まりに行ってきた。その田舎町はまるで車なんか通らなくて、どこかの青春アニメで観たことのあるような田んぼの一本道があったりする。僕らは深夜、そこに寝そべって自分たちの録画したツイキャスを聴き返しながら、田舎の夜空を眺めた。

 夜空を眺めると、様々なことが思い浮かんできた。小学校時代に好きだった女の子のこと、中学校時代に好きだった女の子のこと、高校時代に好きだった先生のこと、などなど。いつだって自分を突き動かし、行動させてきたのは恋心だった。言い換えるなら愛の力だった。やっぱり愛は偉大だ。偉大にして人生を狂わせるクソだ。愛さえなければもっと平穏で穏やかな生活を送ることができたのに。愛があるから僕らはこんなに思い悩み、苦しむんだ。愛なんかクソだ。

 犬のクソを踏まないように真っ暗な田舎の道を進み、僕らは墓場で肝試しをした。でも全然怖くない。大人になってしまったんだ。幽霊を信じなくなってしまったんだ。脳を科学と理論に汚されてしまったんだ。もはや大人になり身も心も固まり切ってしまった自分に、果たして柔らかなイマジネーションに満ちた未来は訪れるのだろうか。

 お風呂に入らなければならないので終わり。