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ユーモアの国

 目が痛くて痛くてたまらない。こんなに俺の目が痛いのに、あの辺でバカみたいな顔して喋っているふざけた男子大学生の目は恐らく痛くない。僕はなんて理不尽な世界に産み落とされてしまったのだ。こんな世の中で僕は人生を最後まで全うし、サヴァ~イヴすることができるのだろうか。ラジオで流れてくる不穏なニュース。その暗く湿っぽい言葉の数々が僕の耳の中に入り込んで脳に突き刺さり、この文章を書く感覚が少しだけ狂う。マイナンバーが何だ。デモが何だ。俺は映画を撮るだけだ。

 ところで今週のはてなブログのお題は「結婚を決めた理由」らしいのだけれど、このお題は明らかに未婚者に喧嘩を売っているし、そもそもこんなところで文章を書き綴っているような連中(しかも〈今週のお題〉とかに律儀に反応してしまうほど割に真剣にブログと向き合っている人)が既婚者なわけなかろうが!いや必ずしもそうとも言えないか!(追記)と思ってしまう。

 という風にいつも僕は何やかんやに文句を言ったりグズったりしているのが基本なのだけれど、いつも僕はその文句に「怒り」の感情は伴っていない。ただバカげているから、心底おかしいと思うから指摘するだけであって、改善して欲しいだとか、変えてほしいとかは一切思っていないのだ。そもそも自分の力だけで相手や世の常識を変えるのは不可能、いや不可能というよりコスパが悪いと思うのだ。

 そもそも僕は誰かに怒られたところで「ああ、自分が間違っていたな」と思い、心を入れ替えるようなことは基本的にはないのだ。相手の指摘する僕の「間違い」は、その指摘した相手の主観的な「間違い」であって、必ずしも世間一般の「間違い」ではない。もちろん法に触れるなど、世間一般的に「間違っている」ことは、自分もこの社会で生きている以上「間違い」であると自覚しなければならないのだけれど、一個人の言う「間違い」は大抵において真理ではない。ただ一方的な意見に過ぎないのだ。だから僕はその意見に、自分の価値観と照らし合わせて納得したら従うし、しなければ笑ってバカにしておくことにしている。

 バカにするとは言っても、もちろん相手に面と向かってゲラゲラ笑ったりするのではなく、後でこっそりクスクスと笑う。相手に向かって笑って相手が怒るなどしてもまた面倒くさいし、相手に知れずにバカにするのが一番すっきりして健康に良い。この国には何となく「人をバカにしてはいけない」というような微妙な空気がむんむんしているけれど、自分がバカだと思う人を試しにバカにしてみることで、自分の価値観、世界での立ち位置がすっきり見えてくる。なのでアメリカのコメディ映画は観ていて最高に気分が良い。反体制、反社会、性差別、人命軽視……先日、とある人のツイートでもあったように「ユーモアの世界では全てが平等」なのである。人の死も、人の生活も、人の夜の営みも、政府の偉い人も、みんな等しくバカにされてしまえば全部同じ、全部平等。ユーモアにはそういう素晴らしい効力がある。

嗚呼!ユーモア最高じゃんまじで!