不思議の国のアリス

 わーい!出来たよ!僕の新しい映画が出来たよ!出来たんだ!完成したんだ!遂に完成したんだよ!やったね!完成したんだ!つまり出来上がったってこと!わーい!万歳!完成したんだよ!嬉しいな!死のうかな!やったね!嬉しさでいっぱい!何てったって完成したんだからね!僕の映画がね!完成したんだ!やったね!

 みたいな感じで完成したはずの自主映画をなぜか編集し直している。いじり倒してどんどん違う映画にしていっている。完成したはずなのに。なんで僕は完成したはずの映画をまた編集し直しているの?なんでなの?やっぱり表では「完成!」とかほざきながらも心の中では作品の出来に全然満足していなかったからとか?いや、そんなことはない、作品の出来には十分満足していた。なのになんで編集し直しているの?なんで?

 僕はそうやって「なんで?」「なんで?」と質問してくるそいつの首を絞めてぶっ殺した。そうさ、ぶっ殺したんだ。現実で出来ないことでさえも自分の作品の中では自由にいくらでも出来るんだ。何だってできる。運動神経がなくたって、頭が悪かったって、コミュ障だって、何だって出来るんだ。だから僕はこうして作品を何らかの媒体を通して作り続けているんだ。現実でできないことを成し遂げるために。

 叶わぬ恋だって自分の描いた漫画の中では叶うし、現実では到底できない迷惑行為だって映画の中では好き放題にできるんだ。自分の世界では、全てが自分の思い通りで、全てが自由なんだ。人を殺したかったら自分の作品の中で存分にぶち殺せば良いし、その作品が賞なんか貰ったりして社会的に評価されれば万々歳だ。そうやって「自分の世界」と「現実」のギャップを埋めていくんだ。世に自分の「世界」を提示することによって、現実を少しずつ自分の色に染めていくのだ。そうやって歴史は塗り替えられ、世界は変化し続け、今の世界があるんだ。

 現実に満足できないからって引きこもってたり文句を垂れていたりしても現実は変わってくれない。現実を、世界を変えたければ、自分で「理想の世界」を「現実」にぶつけていかねばならないのだ。そして破壊してやろうという気迫、根性、そして燃えたぎり散らかした情熱、そういうものがぶち上がって世界はぐにゃりと変貌していくのだ。「世界は変わらない」なんて戯言はとりあえずポケットにでもしまって、とりあえず世界を変えようという勇気だけでも持ってみようじゃないか。勇気を持つだけでも気の持ちようがだいぶ変わってくる。使わないにしても財布にお金がたくさんあるだけで心に余裕が生まれるのと同じように。

 それにしてもお酒というものは素晴らしい。お酒は本当に素晴らしいし、本当に素晴らしい。何が素晴らしいのかというと、まずお酒を飲むと非常にクラクラリンな状態になる。頭がクラクラする。そしてフワフワリンな状態になる。その様はまるで現世に生きることに嫌気が刺したアリスのよう。そしてクラクラリンな状態のまま、僕はアリスがそうしたように、ウサギにつられて大きな穴に落ちてしまうのだ。

 大きな穴をゆっくりとしたスピードで落ちていく僕、の恰好をしたアリス。アリスが堕ちていくその様を最新鋭のハイスピードカメラが捉える。ハイスピードカメラによって捉えられたアリスがゆっくりゆっくりと穴に落下するその様子は、まるで初めて男性を知った少女のように官能的である。そして落下していく自分の影を眺めながら、アリスは深い深い闇の底へと吸い込まれていくのである。

 そして辿り着いた不思議の国の世界。その世界では全てが狂っていて(とは言ってもこの世界ではそれが普通であり、常識なのだ)全てが常軌を脱していた。現世での「普通」なんかまるで通用しない。全ての価値観は等しく尊く、殺意も悪意も善意も優しさも同じで優劣のない世界。そんな世界を体験してしまったアリス。知ってしまったアリス。今まで小学校、中学校、高校、大学で学んだこと全てを一瞬にして否定され「必要ないよ」と断言されたアリス。アリスは自分のアイデンティティが崩壊する瞬間の音を聴く。ガラガラガラと「自分らしさ」が崩れていく音。現世で築き上げてきた全てが「無意味」になる瞬間。アリスは涙が止まらない。悲しいからでもないし、悔しいからでもない。単純に「泣きたいから」涙を流すアリス。

 そしてアリスは思った。「今日という日を節目に全ては死んだ。過去の地図も、過去に記憶も常識も全てを失った。またいちからやり直そうではないか。これはチャンスだ。人類にとってのチャンスだ。逆境こそがチャンスだとももクロの歌詞にもあったではないか」そう思いアリスは立ち上がり、涙を拭う。そしてその拭った涙をぺろりと舐める。塩辛いはずの涙は、まるでウイスキーのような味がする。そうだ、私はいつだってお酒を飲むことで現世から逃げてきた、現実から逃げてきた。でももう現実から逃げる必要なんてないんだ。現実なんか誰かが一方通行的に提案した意見がそのまま事なかれ主義の多数決で何となしに決まったロクでもない画一的なセカイだ。そう、世界は世界ではなくセカイでしかないんだ。本当の世界は今、私が地に足をつけて立っているこの地、この世界なんだ。この世界こそが正しい。いや、正しさなんかもう必要ない。この世界が、この世界であり、この世界なんだ。おわかり頂けるだろうか?この世界こそがあらゆる世界の「基準」なのだ。あらゆる世界の基準となる世界の中心で、その真理に気付いてしまったわたし。わたしの名前はアリス。世界の王だ!(ここで妖艶なメロディのエンドクレジットが流れる)

 良い映画だった。僕は頬を伝う涙を拭い、売店でパンフレットを買う。そしてパラパラとページをめくりながら今恋をしているあの子のことを考える。あの子、ずっと前から好きだった、出逢った瞬間から好きだったあの子。あの子のことを四六時中考えている僕、ああ、なんて気持ち悪いんだろう。こんな気持ち悪い僕でも、さっきの映画の「不思議の国」とやらに行けば気持ち悪くなくなったりするのだろうか。ああ、僕も不思議の国に行きたいなあ。行きたいなあ、と言ってばかりでもしょうがないことはわかってる。でも人間、そんなすぐに自分の思考通りのまま行動できるはずもない。いつだって自分の理想論と現実論をぶつけて、その中間の妥協論で自分を無理やり納得させて日々の人生を何とか生きているのだ。「考えたら、即行動!」だなんてその思想自体が甘えだ。現実は厳しい。机上の空論だけでは食っていけないし、彼女もできない。そんなことを思いながら僕は電車に揺られている。

 すると電車がトンネルを抜ける。僕は窓を見る。するとそこは地平線まで見渡せる広大な草原。僕は思わず窓を開ける。あるはずのないカーテンがふわりふわりと舞い踊り始め、汚れひとつない綺麗な風が僕の頬を優しく撫でる。僕はあまりの気持ち良さに絶頂に達しそうになる。でも絶頂に達すると後処理がいろいろと面倒だ。そんなつまらないことを考えながら、僕はほぼ咄嗟にその窓から身を乗り出し、飛び降りる。今こそが「行動」の瞬間だと思ったからだ。

 そして僕は綺麗さっぱり死んでしまったのだ。地下鉄の線路にこびり付いた大量の僕の血、線路の隙間に挟まった大量の僕の肉片、大量の内臓、僕はそれらひとつひとつを手に取って眺めてみては元あった位置に戻す。そして自分はもう死んでしまったのだということを噛み締める。僕は死んでしまったのだ。

 でも後悔なんかこれっぽっちもしていない。こんな固まった考えと思想だけが渦巻く現実に未練なんか何もないし、僕はこれから不思議の国の世界に行ってアリスに会うんだ。僕のこれからの人生、楽しいことしか待ち構えていない。そう考えると無性にワクワクしてきて僕は思わずその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。踏みつけられた僕の死体の一部が苦しそうな音を上げる。僕はその雑音を聴き流し、不思議の国へと出発する準備を始める。

 まずビール!これは重要だし絶対にはずせない。長い旅になりそうだからたくさん持っていかなければならないのだけれど、荷物の重さを心配することはない。もう僕は死んだのだからそんなナンセンスな常識に囚われる必要はない。そして日記。これはこれから僕が体験するであろう事実を書きとめるためのもの。未来に残すためとか、そういうことではなく、単に自分の思考を整理するため。いや、整理さえもできないかもしれない。でも関係ない。僕はいつだって何かを書かずにはいられない。

 そして「不思議の国のアリス」の絵本。これを読んで、味わって、心の扉をばーんと開けば、きっと不思議の国に辿り着けるはずなんだ。そうに違いない。なぜかと言うと、僕が「そうに違いない」と思ったからだ。よし、準備は万端、さあ始まる長旅!用意はいいか!これから体験すること全部自分の身体に吸収するんだ!九州したっていい、とにかく自分のものにしていくんだ。そして自分のという人間をもっと「自分」にしていく。そしてその「自分」を通して作品を作り、世界と戦っていくんだ!妥協は許されない。でも時々の妥協も必要だ。ストイックな人生に恋愛なんか必要ない。でも恋愛なしで人生は成立しないから目いっぱい恋愛を楽しめ!人生はいつだって理不尽で意味不明!だからこそ自分も理不尽で意味不明な存在であれ!世界は明るい!

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