デート

 12月31日、2016年がもうすぐ終わってしまう。去年はいろいろあったけど、今年も本当にいろいろなことがあった。たぶん、21年間で今年が1番楽しかったと思う。

 くずぶり散らかしていた時期の自分からしたら羨ましくて堪え切れないような楽しいことをたくさんしたし、たくさんの映画を撮り、たくさんの友情を深め合い、たくさんの淡い恋心を抱いたりした。

 そのぶん、悲しい出来事もたくさんあったけれど、それもまた人生、これから作る自分の映画の肥やしになると思うと本当に有意義な1年間だったと思う。

 そして今、人生初めての映像関係の(報酬のある)仕事をひとつ収めた。なんだか少しだけ大人になれたような気がして、それでもまだまだ自分はクズでバカで未熟者で、いつの間にやら一人前にコーヒーばかり飲むようになってしまって、たくさんのことを得たけれど、たくさんのことを失った。

 人生は楽しくて、切なくて、どうしようもなくくだらないお祭りだ。いつかきっと消えてしまうこのお祭りの灯をしっかり眺めながら、その存在をしっかりと噛みしめながら、全力で楽しもうと思う。これからもどうかどうか、ご贔屓に、人生!!

本気の冗談

 明日、最高のクリスマスパーティをした後、深夜から映画を撮り始める。友達が原案で、自分が脚本を書いて監督をする映画。今まで自分の撮ってきた映画とは全然テイストの違う、酷く悪趣味で救いようのない邪悪な映画を撮ろうと思う。

 この脚本には自分で書いておきながらまだ自分で理解していない感情の流れがたくさんあるし、単純に今の自分の技術で撮れるの?という場面もたくさんある。でも、今まで自分はそういう(撮れないものをあえて撮ろうとする)努力をしてこなかった。なので、今回のこの映画では、しっかりその努力をしようと思う。

 正直、21歳の今の自分はあまりに人間として未熟で経験値も少ないけれど、それでも精一杯背伸びをして、自分の感覚でギリギリ「ダサくない」ラインを模索しながら、いろいろ葛藤して書いた脚本。今までで書いた中でも1番思い入れのある本かもしれない。

 今回は、忠実に、忠実に、脚本通りに映画を撮る。映像芸術じゃなくて、映画を撮る。人が観て「ああ、面白いなあ」と感じるような、エンターテインメントを撮る。映像芸術なんか誰にでも撮れる。尺は15分、台詞は200弱、撮影は3日間、全身全霊の殺意で撮ってやるぞ!!!

四人テーブルで独り飯をする人

 夏は夏で濃厚だったけれど、それからもまた強烈な出来事の連続だったな、とあらためて12月中旬現在、思う。いろいろな人とたくさん会って、殺してやりたいと思ったり、心から仲良くなりたいと思ったり、初めてギャラの出る仕事をもらったりもした。

 1ページ1ページを切り取ってみるとまだまだ精神的に厳しい人生だけど、確実に良い方向に向かっているということだけは確信的に思う(そしてこれは今年2回目の発言だった気がする)

 年末には人生最大級に胸糞の悪くなる史上最悪に倫理観の死に耐えた最低映画を撮る。そこで自分の負を全て発散して、綺麗になった心でそのまま商業用MVの撮影に挑む。何だかんだで春になると、ほんの少しの予算の出る小さな映画を撮る。その時に、先日撮った別の映画がグランプリを獲れば3000万の予算が出てまた映画が撮れるので、なんとしてでも獲りたいなあ、撮りたいなあ、と切実に思っている。

 それからの2017年の予定は未定だけれど、たぶん楽しいことたくさんあるに違いない!!だって人生だぜ!?!?!?人生は最高!!!!!!!

卵かけご飯(醤油なし)

 たくさんのアイドルの方々に出演してもらい、見事3分間の映画が完成した(まだしてないけど、あと数分で出力が終わる)

 今まででトータル200分近く映画を撮ってきたけど、正直な話、今回のの映画は過去最高の3分間だと思う。他人が観てどう思うかわからないけれど、もしかしたら展開が速すぎるかもしれないけれど、演出がクドすぎるかもしれないけれど、モノローグが多すぎるかもしれないけれど、とにかく自分の映画人生の中では一区切りを感じるほどに満足のいく出来に仕上がった。

 これで結果が出ても(出ると思うなあ)出なくても、これからも映画を撮っていくし、映画を撮るのをやめるということはたぶん死ぬまでない。今回の3日間の撮影であらためて思ったけど、本当に映画作りは楽しい!!

 いかに女性(特にアイドルという仕事をしている女性)を美しく、かわいらしく、かつ不細工に撮るかということを肝に銘じながら撮ったのだけれど、本当に様々な表情を見せてもらった。自分がパソコン上でカタカタ字面だけで組み立てたキャラクターが、生身の人間の芝居を通じて立体的に、躍動的になっていくという快感、そして同時に押し寄せてくる後悔。この感覚がもう本当にたまらない!!

 自分ひとりで始まりから終わりまで作ってしまう作品作りも嫌いじゃないけれど、自分はそれを一生やっていけるほどの天才ではないと思うし、途中でいろんな人のいろんな思惑や思想が入り込んで、そのまま当初の想定とは全く違う作品に仕上がっていく感覚がたまらなく幸せなのだ。そしてそれができるのが、小説でも漫画でも絵でもなく、映画なのだ。

 当然、全て自分でコントロールできないぶん、ハプニングで台無しになることもあるし、「思ってたのと違う!!!!」となることもたくさんある。でも、それも含めて映画じゃないか!!人生じゃないか!!いちいち自分の気に食わないことが起こる度にしょげてたら楽しい人生も楽しめなくなる。前のめりに、前のめりに、楽しんでいくことこそが映画作りであり、人生なのだなあ。そんなことを書いているうちに映画の出力が97%になっていた。そして今、終わった。これから観直して、何もなければそれで完成だ!!またひとつ、映画がこの世に産み落とされる!!!!!

冷えた白飯をレンジでチン

 タレントの事務所を通じて、現役のアイドルを主演に、コンペ用の短い映画を撮ることになった。もしこれが成功すれば、めちゃくちゃ大きな映画が撮れるかもしれないし、絶対に撮りたいという気持ちがあふれる!あふれでてとまらない!

 僕は高校に入学した頃から、ずっとアイドル文化に興味を持って接してきたし、ひとりのアイドルファンとしてそれなりの数のCDを買っていた時期もそんなに長くはないけれどあった。なのでこれは念願の企画なのだ。ひとりのなんでもない人間が、立派なアイドル(崇拝されるべき存在)になり、その後、ひとりの人間としてどういう人生を歩むことになってしまうのかという物語。

 あと10日もしないうちに撮影が始まる。全身全霊で!撮るぞ!

ネタがずり落ちている寿司

 先日、大学でイヤホンを置き引きされたので、ほんの若干高めのイヤホンを新しく買った。3000円もしないのでイヤホン界の重鎮などからしたら10円も同然のような代物なのだろうけれど、今まで1000円前後のイヤホンで人生を過ごしてきた自分にとっては驚きが止まらない!ロマンティックが止まらない!急な気温変化による鼻水が止まらない!

 1000円前後のイヤホンというのは、音量を上げると高音の主張が強くなって死ぬほど耳が痛くなる。かと言って小さな音量でちまちま聞くのも趣がないので、それなりの高音が主張しすぎないレベル限界のMAX音量で音楽を聞く。

 すると低音の主張もなかなか強いことに気付く。そしてこの低音は、他の音たちを殴り殺していく(聞こえなくする)。低音というガキ大将によって十分に活躍ができない子分たちの努力の結晶を、我々は1000円のイヤホンで聞くことができないのだ。

 そこでこれの3倍の値段のする3000円イヤホンで同じ音楽を聞くとあら不思議!!授業中の質問では全て手を挙げなければ気が済まないほど目立ちたがり屋の高音も、他人を殴り殺すことでしか自己を主張できない大将の低音も、その子分も、全員が仲良く調和している!喧嘩せず、全員がひとつの方向に向かっている!なんという感動!音楽は最高!

 この世界平和みたいな穏やかな感覚、これぞ人類の目指すべき境地なのではないだろうか!しかし、そうはいかないのが現実で、理想論ばかり振りかざしても何も解決されない問題ばかりの現実。

 だからって諦めるのはまた違う!また別の方法を考えるなり何なりおいなり、人生には無限の道の選択肢があるのだ。だからこそ人生は複雑で、複雑であるが故に美しいのだ。美しさは最高!早く心の美しい人間になりたい。一般常識とされているようなふざけた「美しさ」ではなく、もっと人間的で本質的な美しさを手に入れたい。そのために自分は今何をすべきなんだろうなあ、と考えてみたりするけど、結局この世界のことなんか何もわからないし、わかろうとする努力のひとつとして自分は映画を撮ってるんだなあ、と思った。

 

11月5日に京都の某高校の文化祭で、僕の監督した映画が午前と午後の計二回上映されるのですが、行きたいよ~って方がもしいらっしゃったらコメントなりTwitterのDMなりプレモルなり僕に送ってください!

何も書かずに印税がほしい

 今年の夏は本当にたくさんのことがあったし、もしかすると今までで1番濃い夏だったかもしれない。そんな夏もある日を境にスッと終わり、秋がやってきた。

 秋がやってきたらやってきたでこれまた大変で、なんやかんやで家が揉めに揉め、半分家出めいたこともするなどし、一時は穏便に先送り解決はしたものの、決して目の前の問題から逃れることはできない。自分の人生を、自分で切り開いていかなければならない。

 僕は何がどうであろうと映画の道に進みたいし、それ以外の人生などは基本的には考えられない。ずっとずっと映画を観て育ってきたし、今自分という人間を説明するのに映画なしでは到底不可能だし、何より映画そのものに恩返しをしたい気持ちがある。

 そんな半分綺麗ごとめいた理由とはまた別に、僕は本当に表現せずにはいられない人間だし、人間のできる行為において表現以上に美しい行為なんかこの世には存在しないと思っている。人生は表現に始まり、表現に終わる。この文章だって表現だし、呼吸も、血の流れも、リビングで流れている2時間ドラマだってもちろん表現だ。人間も神の表現物かもしれない。

 だから僕はこの先一生表現することをやめたくなんかないし、必ず映画を撮り続けていきたい。映画を飽きたにしても、小説も書きたいし、バラエティ番組や音楽ライブだって演出したいし、現代アートもやりたいし、人間のできる表現全てしてみたいという気持ちにあふれている。そして突然、スッと死にたい。そしてまた違う世界で、全く違う人生、たとえば表現なんか一切しない人生、なんかを送ってみたい。