潰れたロールケーキ

 映画を作るのってこんなに大変だったんですね、と他人事のようにしみじみ思いながら、あと一週間を切っている映画撮影に向けて今何ができるか必死に考えつつ、いろいろポンポン浮かんではくるけれど結局「もう1時半だし…」となって何もしない、そういう甘えが延々ずっと続いている。

 明日はスタッフで打ち合わせで、それがこの映画のためということはなく、ミュージックビデオの打ち合わせで、なんでこのクソ忙しい映画撮影直前の期間にミュージックビデオなんか撮る予定をぶち込んだかと言うと「気を紛らわせたい!!!」の一言に尽きる。同じ作品にずっとずっと同じ熱量を注ぎ込み続けるのは精神的にきついし、やっぱり他の作品も片手間に作りたい。片手間というと聞こえは悪いけど、片手間に作った作品のほうが褒められることもある。努力が必ず報われるとは限らない。

 とにかく13日から撮影が始まると思うと気が重いし、まだ決まってないロケ地とか死ぬほどあるし、エキストラなんかゲロ吐くほど集まってないし、何なんだよ、どうなってんだよこの企画、と吠える相手もいないし、何だかんだ自分で脚本も書いてるからなんか「自分の映画!!」みたいになって愛着とか沸いてきてるし、とにかくしんどい!!!!!!!!

 煙草を吸い始めて二年経とうとしてるけど、最近不味いと感じる瞬間が増えた。「なんで俺はこんなの吸ってんだ」と絶望する瞬間があるくらい、最近煙草が美味しくない。美味しい瞬間もあるけど、美味しくない瞬間のほうが印象としては強く残るし、なんで煙草なんか吸ってるんだろう、と思う。

 でもやっぱり喫煙者同士の会話っていうのは何にも代えがたい喜びに満ちていると思う。授業こっそり抜け出して校舎裏でキャッキャ喋ってるような背徳感があるし、そこでどんな悪意をぶちまけようが煙となってスッと消えていくような感じがする。

 それにやっぱり年配の人は吸っている人が多くて、話しかけに行くきっかけにもなるし、特に自分の場合はそれが仕事に繋がっていくこともある。そう思うとやっぱり辞められないし、完全に不味いわけじゃない、美味しい瞬間もたくさんあるので、辞めないんだと思う。

 そして煙草みたいに映画も辞められずに一生身体を蝕まれながら生きていくんだろうな、と思う。煙草はいつか辞めたいけど。でも映画はずっとずっとずっとこの先もずっと撮っていくし、観ていくし、そばにいるんだろうなと思う。本当に吐き気がするほどうんざりする。映画なんか最低!!!

目の乾燥

 夏が来ました。今年も夏がやって来ました。夏と言えば恋の季節だけど、今年はその匂いすらしない。ありえないほど全くない。これはもう映画に集中しろということなのか、9月頃にやってくるのか、そんなことを考える前にもっと積極的になってみたらどうだとか、そんなこんなで夏が来た。

 8月にかなり大規模な映画を撮る。自主ではない。自分にとっての新しい試みがたくさんで、かなり凄い映画になる自信はあるけど、不安も死ぬほどある。中学二年生の頃から撮り続けてきた自主映画の集大成にしたい。才能の一滴を絞り切るまで全身全霊で作品に立ち向かっていきたい。

 そして9月にも映画を撮る。これは自主。でも今までのとは比べものにならないぐらいの規模で撮る。8月で絞り出された才能の先にある新しい才能で、穏やかに穏やかに撮りたい。さっきから才能才能言ってるけどお前に才能はあるのかよ?みたいな煽りが来そうだけど、黙れとしか言えない。

 そして10月にドキュメンタリー映画を撮る。これも自分の企画ではないけれど自主。今年撮ったドキュメンタリー中編の発展版というか、この作品で自分なりのドキュメンタリーの決着を付けてみたい。これもかなり大掛かりになりそう。今からもう既にめちゃくちゃ楽しみ。

 その間にMVを撮ったり、友達の映画の撮影監督をしたり、脚本を書いたり、大学の課題でまた脚本を書いたりしているうちにロクな恋もできずに今年は終わりそうな気がする。どうかこの予測を裏切る展開であってほしい。人生、楽しいような苦しいような、どうでもいいようなどうでもよくないような。とりあえず今年でいろいろ自分の境遇は変わると思うし、とりあえず今は今できることをするしかない。新しいパソコンほしい。

21歳

 あと10分で22歳になってしまう。もう自分の人生、一生21歳は味わえないと思うと無性に寂しくなるけれど、そんなことでウジウジしててもしょうがない。

 さっきコンビニでラ・ラ・ランドのサントラを聴きながら21歳の365日を振り返ると、確かに楽しかったんだけど確かな辛さがウワーッと蘇ってきて、むちゃくちゃ気分悪くなって、そのままトイレで吐き散らかした。汚い話だけど、その吐瀉物に21歳のドロドロに煮詰まった闇があるような気がして、その排泄行為を通じて21歳から卒業できたような気がした。

 自分のしたいことができる環境にも無事落ち着いたわけだし、映画もMVも今のところは順調と言ってもいいし、何だか本当に最高な22歳になる予感はある。でも、どうかその予感が良い方向にひっくり返って、21歳の今の自分が思う「最高」さえも超えた全く新しいワクワクに満ちた1年間でありますように…

すき家よりも松屋

 なんかようわからんこともたくさんあるけど、頑張らないといけないし、目指してる職業も明確なんだからそのための努力はバカになってでもしないといけないんだなあとひしひしと感じる夜だった。

 本当にひとり作業が苦手で、絵を描いたり漫画を描いたり小説を書いたりしていると、最初は楽しいけれど突き詰めていくと自分自身の問いかけにしか行き着かなくて心が死んでしまう。なので自分は映画を撮っているし、映画が表現媒体で1番好きなわけだけど、そのためにはたくさんの人と仲良くなって、たくさんの人の信頼を得ていかなければならない。

 自分は本当にそういうのが昔から苦手で、じゃあなんで映画なんかやってるんだよと言われても仕方ないんだけど、それでもやっぱり何年も映画を観て撮ってきたわけで後にも引けないし引く気もないわけで、乗り越える壁がたくさんあることだなあ

 やっぱりすき家より割安で味噌汁まで付く松屋のほうが好きだなあ

豚肉パッサパサの豚汁

 中学生の時に映画の虜になって以来、ずっと高校時代も映画が好きだった。高校は普通のごく一般的な高校で、たくさん友達はできたけど映画について喋れる友達はひとりもいなかった。その時から「大学では映画を勉強したいなあ。同じ夢を持った映画好きの友達もたくさんできるんだろうなあ」と漠然と思っていた。

 でも、高校はそこそこの進学校で、芸大に進む人なんかはまずいなくて、「せっかくここまで勉強してきたのに試験楽勝の芸大なんか行くのはバカらしい」的風潮があり、実際自分もほんのり芸大に惹かれながらも基本的にはそう思っていた。

 そして高校を卒業し、総合大学の芸術学科に進学した。映画の授業も専門科目でチラホラあったし、芸術学なら自分の映画作りにも役立つし、「そもそもわざわざ大学で映画なんか勉強しなくても独学で学んでやる!」という意気込みもあった。

 でも、驚くほどに友達ができなかった。「映画の話ができない時点でもうこの人とは話せない」みたいなくだらない自意識と「どうせこいつら一番偏差値低い学科だから入ってきただけで芸術とか興味ないんだろ」という思い込みで、誇張なしにたったのひとりも友達ができなかった。たったのひとりも!!

 本当に心から大学を憎んだし、大学に行く度に校舎が爆発して大学生全員焼け死ぬ妄想ばかりしていた。Twitterを開いては「大学はクソ」と呟いて、ただひたすらドン底の孤独にまみれて、専門学校や他の芸大で映画を学んでいる人たちに劣等感を抱き、今振り返ればそれはそれで楽しかったりもするんだけど、とにかく辛い辛い三年間が続いた。そして二回留年したので一年生のまま退学した。

 さあ、どうしようとなった時に、思い切って就職も考えた。意味もなくハローワークに通い詰めてみた時期もあったし、投げやりになって親に黙って家出したりもした。携帯を取り上げられていた時期もあったので、誰とも喋らずLINEもせず、ただただ自分の将来の不安だけが重く圧し掛かってくる日々もあった。

 そんな時に両親が「どこでもいいから四年制大学は出たほうがいい」的なことを言うので、「近いし映画勉強できるしあの大学でいいかあ」と思い、ぼんやりとした気持ちでオープンキャンパスにも行かずパンフレットもろくに読まずに受験をした。今振り返れば本当に両親には感謝してもし切れないのだけど…

 そして合格した。でも何だかまだ自分がその大学に行く覚悟もないしなんだかなあと思いながら映画を撮ったり意味もなく遊んだりの日々が半年ぐらいあった気がする。

 そして大学に入学した。いろんな人と映画の話ですぐ盛り上がって、めちゃくちゃ友達ができて、授業もどれも興味深くて、居心地も良くて、とにかくとにかくめちゃめちゃめちゃ楽しいのが今。この楽しさがいつまで続くかわからないという不安もないではないけど、今楽しいので問題ないし、たぶん今後もずっと楽しい。

 やっと、やっと本当の大学生になれたような気がした。ようやく「18歳」になれたような気がした。きっとこの「18歳」は高校からストレートで今の大学に入学したとしても得ることのできなかった「18歳」だろうし、全ての点と点が繋がってできたかけがえのない「18歳」なんだと思う。今は21歳、今年で22歳になるけど、目一杯、大学生を楽しもうと思う。

 両親、今まで自分の人生に関わってきた人たち全員、心からありがとうの気持ちが強いし、人生はやっぱり最高だし、21&22ジャンプストリートで描かれていたことは全て本当だった。なんて楽しいこの世に生まれてしまったんだ!!人生!!夢を追い!!クソくだらないことで笑って騒いで酒飲んで吐いて!!今までバカにしてきたことの全てが楽しくて、自分がどんどん良い意味での「ただのクソ凡人」になっていく感覚が心地良くて…

 必ずこの四年間で偉大な成果を出してみせる。人を殴り殺してでも、握り潰してでも掴みたい夢がある。そのために俺はわざわざ大学に再入学したんだ。頑張らないとなあ…彼女いないなあ

パッセン者

 ネタバレばっちりで書くので観てない人はそんなに親しくない友達にお金借りてでもパッセンジャーを観てほしい。それから気が向いたらこれを読んでほしい。

 パッセンジャーは、本当に、本当に心から大好きな映画。わざわざこうしてブログで長文を書く気になるぐらいだから、恐らく自分が思っているよりももっとこの映画のことが大好きなんだろう。それはそれは、本当に大好き。ザ・ウォークゴーストバスターズ、マリアンヌ、近年も抱きしめたくなるぐらい最高の映画にたくさん出逢ってきたけれど、このパッセンジャーという映画への好意というか、愛というものは今までとは少しニュアンスが違って、何だか自分を鏡で見つめているような感覚がある(だから好き、という時点でもう完全にナルシスト)

 普通のSF映画にちょっとラブロマンスあるかもね、みたいな宣伝のされかたをしているけれど、実際は全然そんな生優しい映画じゃなくて、ただ男の煩悩と懺悔、成長と開き直りだけが描かれた映画だな、と個人的に思う。

 クリプラはあまりの寂しさにジェニローを起こしてしまうけど、そんなクリプラが寂しさのあまり無責任に「恋人ほしいよ~」と言いまくっていたかつての自分のようで、その序盤でもう心がどんどん死んでいく。寂しさを他人を利用して埋める行為は、他人の命を奪うほどに重い重い罪なのだ。

 こういう、寂しくてしょうがない時にする一目惚れっていうのは、本当の恋ではなくてただの現実逃避にすぎない。現実逃避をしたいがために女の人を犠牲にする男の物語を描いたのが、このパッセンジャーという気持ちの悪い映画なのだ。

 その行為はあまりに相手に失礼だし、結局相手ではなく寂しくて傷ついた自分を癒したいがためだけの目的なので、ただのひとりよがりの自己愛にすぎない。その状況を知った状態で観るあのラブラブな二人の場面の残酷さよ!!観てらんないよ!!もう無条件に今まで好きになってきた女の人たち全員に謝罪したい気持ちだよ!!俺が犯した罪は重かった。許してほしい。本当に、許してほしい。

 というのがクライマックスの乗客全員を救うクリプラの想いなのだと自分は勝手に解釈した。あの映画における乗客全員は、ジェニローただひとりの存在とほぼ同じで、あの「5000人救う!!」という一見かっこいい正義は、たったひとりの女の人へのただの懺悔、反省なのだ。だから本当に泣ける。死ぬほど涙を流したし、これだけのことをしたんだから許してくれジェニロー!!という深い深く願った。完全にクリプラに感情移入しながら。

 で、びっくりしたのが、最終的にジェニローは許すじゃん!!許してくれるってか、愛してくれるじゃん!!これが自分には理解できなくて、なんて懐が深いんだ、女心はわからない、などと思いながら、なんとも言えない気持ちでエンドロールを眺めていた。

 でも、考えてほしい。あれはクリプラの妄想だったのかもしれないし、描かれていないだけでクリプラはめっちゃジェニロー引き留めたのかもしれない。そう考えると、本当に、自分もこの映画もなんて気持ち悪いんだ、もう、気持ち悪い!!気持ち悪い!!大好き!!この映画が大好き!!

 最後はジェニローのモノローグで終わるので、この映画自体がジェニローが書いて後世に残った小説の映画化なのだと考えることもできる。そう考えるとジェニローもこの運命に納得したのだな、と思えるし、男であるこちらとしても罪悪感は薄れる。でも、この脚本はただひとりの男の脚本家が書いたのが現実で、やっぱり男の独りよがりの自分勝手な妄想なのかな、とも思ったりする。それを映像美の映える見せ場で誤魔化してる感じとか、ものすごく共感できる。

 正直この映画を愛の自己犠牲を描いたタイタニックと重ねるという思考回路は本当に気持ち悪いと思うし(でもこれタイタニックじゃんと思う)、相当やばい思想に基づいて作られた映画だと思うのだけど、何にせよ主役ふたりが大スターで映像も綺麗、変態性も露骨に出てないので安心して人におすすめできる。広がれパッセン者の輪!!

坊や~良い子だ寝んねしな~

 早くアメリカに行ったり、インドネシアに行ったり、その他よくわからない国などに行って、自分が想像もつかなかった体験や、逆に想像していた通りの夢のような体験などをしたいことだなあ

 今座っている椅子の座り心地もそんなに良くないし、よくわからないけどさっきからほんの少しだけお腹が痛いような気がする。ラ・ラ・ランドのサントラを聴いたり、21ジャンプストリートのサントラを聴いたり、22ジャンプストリートのサントラを聴いたりしているうちにどんどん夜は更けていくし、MVはいつまで経っても完成させることができない

 同年代の人はこの3月から就職活動が始まるわけだけど、自分は諸事情あってまたゼロから大学に行き直すことになった。なんだか周りの何週も遅れているような気がするけれど、きっとそんなことを思ってしまうのはこんな小さな島国に住んでいるからに違いなくて、早く大らかな土地で広い感性を養っていきたいことだなあ