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すき家よりも松屋

 なんかようわからんこともたくさんあるけど、頑張らないといけないし、目指してる職業も明確なんだからそのための努力はバカになってでもしないといけないんだなあとひしひしと感じる夜だった。

 本当にひとり作業が苦手で、絵を描いたり漫画を描いたり小説を書いたりしていると、最初は楽しいけれど突き詰めていくと自分自身の問いかけにしか行き着かなくて心が死んでしまう。なので自分は映画を撮っているし、映画が表現媒体で1番好きなわけだけど、そのためにはたくさんの人と仲良くなって、たくさんの人の信頼を得ていかなければならない。

 自分は本当にそういうのが昔から苦手で、じゃあなんで映画なんかやってるんだよと言われても仕方ないんだけど、それでもやっぱり何年も映画を観て撮ってきたわけで後にも引けないし引く気もないわけで、乗り越える壁がたくさんあることだなあ

 やっぱりすき家より割安で味噌汁まで付く松屋のほうが好きだなあ

豚肉パッサパサの豚汁

 中学生の時に映画の虜になって以来、ずっと高校時代も映画が好きだった。高校は普通のごく一般的な高校で、たくさん友達はできたけど映画について喋れる友達はひとりもいなかった。その時から「大学では映画を勉強したいなあ。同じ夢を持った映画好きの友達もたくさんできるんだろうなあ」と漠然と思っていた。

 でも、高校はそこそこの進学校で、芸大に進む人なんかはまずいなくて、「せっかくここまで勉強してきたのに試験楽勝の芸大なんか行くのはバカらしい」的風潮があり、実際自分もほんのり芸大に惹かれながらも基本的にはそう思っていた。

 そして高校を卒業し、総合大学の芸術学科に進学した。映画の授業も専門科目でチラホラあったし、芸術学なら自分の映画作りにも役立つし、「そもそもわざわざ大学で映画なんか勉強しなくても独学で学んでやる!」という意気込みもあった。

 でも、驚くほどに友達ができなかった。「映画の話ができない時点でもうこの人とは話せない」みたいなくだらない自意識と「どうせこいつら一番偏差値低い学科だから入ってきただけで芸術とか興味ないんだろ」という思い込みで、誇張なしにたったのひとりも友達ができなかった。たったのひとりも!!

 本当に心から大学を憎んだし、大学に行く度に校舎が爆発して大学生全員焼け死ぬ妄想ばかりしていた。Twitterを開いては「大学はクソ」と呟いて、ただひたすらドン底の孤独にまみれて、専門学校や他の芸大で映画を学んでいる人たちに劣等感を抱き、今振り返ればそれはそれで楽しかったりもするんだけど、とにかく辛い辛い三年間が続いた。そして二回留年したので一年生のまま退学した。

 さあ、どうしようとなった時に、思い切って就職も考えた。意味もなくハローワークに通い詰めてみた時期もあったし、投げやりになって親に黙って家出したりもした。携帯を取り上げられていた時期もあったので、誰とも喋らずLINEもせず、ただただ自分の将来の不安だけが重く圧し掛かってくる日々もあった。

 そんな時に両親が「どこでもいいから四年制大学は出たほうがいい」的なことを言うので、「近いし映画勉強できるしあの大学でいいかあ」と思い、ぼんやりとした気持ちでオープンキャンパスにも行かずパンフレットもろくに読まずに受験をした。今振り返れば本当に両親には感謝してもし切れないのだけど…

 そして合格した。でも何だかまだ自分がその大学に行く覚悟もないしなんだかなあと思いながら映画を撮ったり意味もなく遊んだりの日々が半年ぐらいあった気がする。

 そして大学に入学した。いろんな人と映画の話ですぐ盛り上がって、めちゃくちゃ友達ができて、授業もどれも興味深くて、居心地も良くて、とにかくとにかくめちゃめちゃめちゃ楽しいのが今。この楽しさがいつまで続くかわからないという不安もないではないけど、今楽しいので問題ないし、たぶん今後もずっと楽しい。

 やっと、やっと本当の大学生になれたような気がした。ようやく「18歳」になれたような気がした。きっとこの「18歳」は高校からストレートで今の大学に入学したとしても得ることのできなかった「18歳」だろうし、全ての点と点が繋がってできたかけがえのない「18歳」なんだと思う。今は21歳、今年で22歳になるけど、目一杯、大学生を楽しもうと思う。

 両親、今まで自分の人生に関わってきた人たち全員、心からありがとうの気持ちが強いし、人生はやっぱり最高だし、21&22ジャンプストリートで描かれていたことは全て本当だった。なんて楽しいこの世に生まれてしまったんだ!!人生!!夢を追い!!クソくだらないことで笑って騒いで酒飲んで吐いて!!今までバカにしてきたことの全てが楽しくて、自分がどんどん良い意味での「ただのクソ凡人」になっていく感覚が心地良くて…

 必ずこの四年間で偉大な成果を出してみせる。人を殴り殺してでも、握り潰してでも掴みたい夢がある。そのために俺はわざわざ大学に再入学したんだ。頑張らないとなあ…彼女いないなあ

パッセン者

 ネタバレばっちりで書くので観てない人はそんなに親しくない友達にお金借りてでもパッセンジャーを観てほしい。それから気が向いたらこれを読んでほしい。

 パッセンジャーは、本当に、本当に心から大好きな映画。わざわざこうしてブログで長文を書く気になるぐらいだから、恐らく自分が思っているよりももっとこの映画のことが大好きなんだろう。それはそれは、本当に大好き。ザ・ウォークゴーストバスターズ、マリアンヌ、近年も抱きしめたくなるぐらい最高の映画にたくさん出逢ってきたけれど、このパッセンジャーという映画への好意というか、愛というものは今までとは少しニュアンスが違って、何だか自分を鏡で見つめているような感覚がある(だから好き、という時点でもう完全にナルシスト)

 普通のSF映画にちょっとラブロマンスあるかもね、みたいな宣伝のされかたをしているけれど、実際は全然そんな生優しい映画じゃなくて、ただ男の煩悩と懺悔、成長と開き直りだけが描かれた映画だな、と個人的に思う。

 クリプラはあまりの寂しさにジェニローを起こしてしまうけど、そんなクリプラが寂しさのあまり無責任に「恋人ほしいよ~」と言いまくっていたかつての自分のようで、その序盤でもう心がどんどん死んでいく。寂しさを他人を利用して埋める行為は、他人の命を奪うほどに重い重い罪なのだ。

 こういう、寂しくてしょうがない時にする一目惚れっていうのは、本当の恋ではなくてただの現実逃避にすぎない。現実逃避をしたいがために女の人を犠牲にする男の物語を描いたのが、このパッセンジャーという気持ちの悪い映画なのだ。

 その行為はあまりに相手に失礼だし、結局相手ではなく寂しくて傷ついた自分を癒したいがためだけの目的なので、ただのひとりよがりの自己愛にすぎない。その状況を知った状態で観るあのラブラブな二人の場面の残酷さよ!!観てらんないよ!!もう無条件に今まで好きになってきた女の人たち全員に謝罪したい気持ちだよ!!俺が犯した罪は重かった。許してほしい。本当に、許してほしい。

 というのがクライマックスの乗客全員を救うクリプラの想いなのだと自分は勝手に解釈した。あの映画における乗客全員は、ジェニローただひとりの存在とほぼ同じで、あの「5000人救う!!」という一見かっこいい正義は、たったひとりの女の人へのただの懺悔、反省なのだ。だから本当に泣ける。死ぬほど涙を流したし、これだけのことをしたんだから許してくれジェニロー!!という深い深く願った。完全にクリプラに感情移入しながら。

 で、びっくりしたのが、最終的にジェニローは許すじゃん!!許してくれるってか、愛してくれるじゃん!!これが自分には理解できなくて、なんて懐が深いんだ、女心はわからない、などと思いながら、なんとも言えない気持ちでエンドロールを眺めていた。

 でも、考えてほしい。あれはクリプラの妄想だったのかもしれないし、描かれていないだけでクリプラはめっちゃジェニロー引き留めたのかもしれない。そう考えると、本当に、自分もこの映画もなんて気持ち悪いんだ、もう、気持ち悪い!!気持ち悪い!!大好き!!この映画が大好き!!

 最後はジェニローのモノローグで終わるので、この映画自体がジェニローが書いて後世に残った小説の映画化なのだと考えることもできる。そう考えるとジェニローもこの運命に納得したのだな、と思えるし、男であるこちらとしても罪悪感は薄れる。でも、この脚本はただひとりの男の脚本家が書いたのが現実で、やっぱり男の独りよがりの自分勝手な妄想なのかな、とも思ったりする。それを映像美の映える見せ場で誤魔化してる感じとか、ものすごく共感できる。

 正直この映画を愛の自己犠牲を描いたタイタニックと重ねるという思考回路は本当に気持ち悪いと思うし(でもこれタイタニックじゃんと思う)、相当やばい思想に基づいて作られた映画だと思うのだけど、何にせよ主役ふたりが大スターで映像も綺麗、変態性も露骨に出てないので安心して人におすすめできる。広がれパッセン者の輪!!

坊や~良い子だ寝んねしな~

 早くアメリカに行ったり、インドネシアに行ったり、その他よくわからない国などに行って、自分が想像もつかなかった体験や、逆に想像していた通りの夢のような体験などをしたいことだなあ

 今座っている椅子の座り心地もそんなに良くないし、よくわからないけどさっきからほんの少しだけお腹が痛いような気がする。ラ・ラ・ランドのサントラを聴いたり、21ジャンプストリートのサントラを聴いたり、22ジャンプストリートのサントラを聴いたりしているうちにどんどん夜は更けていくし、MVはいつまで経っても完成させることができない

 同年代の人はこの3月から就職活動が始まるわけだけど、自分は諸事情あってまたゼロから大学に行き直すことになった。なんだか周りの何週も遅れているような気がするけれど、きっとそんなことを思ってしまうのはこんな小さな島国に住んでいるからに違いなくて、早く大らかな土地で広い感性を養っていきたいことだなあ

ビール安い居酒屋結局チャージ料高い

 頂いたMVの仕事を着々とこなしながら、なんだかそこそこの予算が出そうな映画のキャスティングやら脚本やらを考えたりしつつ、友達の撮る映画の脚本のリライトなんかをしている日々が続いている。1年前の自分からしたらまさに夢のような日々なのだろうけれど、何というかまあ、人間は際限を知らない貪欲な生き物なので「なんだか満足いかないなあ」なんて愚痴をこぼしたりこぼさなかったり、ミスドのココナツチョコレートのココナツをひとかけらもこぼさずに食べ切れたらギネスに載るのかなあ、なんて思ったり思わなかったり…

 映画なんて大嫌いだ!!なんて思って、なんで俺は映画なんてめんどくさいものを好きになってしまったんだろうなんて後悔したりもするけれど、映画館で素晴らしい映画を観ると「ああ、やっぱり映画は人生そのものだ。もう二度と君を嫌いだなんて言わないよ絶対」と思い、映画の呪いからこのまま一生抜けられずに死ぬんだろうなあと思う。それが幸せか不幸か、結局のところは死んでみるまでわからない。

 今日、友達の映画の編集の手伝いをした後、松屋で並盛の牛丼を食べ、居酒屋で一杯だけお酒を飲み、電車に揺られながら、これからの自分の人生の計画なんかを練ったりしていた。最近の自分は、あまりの仕事のプレッシャーに完璧主義になりすぎているんじゃないか。映画を作る時のモットーの「質より量」を忘れていたんじゃないか、と思ったりした。

 去年の11月に撮った短編映画が、あっという間に一次審査で落されたことがなかなかのトラウマになっており、なんだか「自分は才能がないのかなあ」と思ってしまったりもして、何を作るにもあまりに慎重になりすぎてしまっている最近、どうにかその状況から抜け出さねばな、と思う。質は量なしには絶対に生まれないし、やはり何も考えず、ある程度は脳みそをからっぽにして、無我夢中に作品を撮らなければならない。でないと、いつまでたっても自分はそこそこの映像クリエイターから抜け出せない。なので、とにかく、撮って撮って撮りまくる。面白そうなことには恥ずかしがらずに何でも首を突っ込んでみる。それが大切なんだよなあ、まだ21歳だしなあ、などと思った。早く楽になりたいなあ

消費税

 よく俳優が「様々な役を通じていろんな人生を経験できるので最高」みたいな話をしているけれど、なんでそんなにかっこいい(もしくは綺麗)なのにわざわざ別の人生なんか送る必要があるんだ、現状で十分じゃないか、と思ってしまったりする。

 もちろん顔が良かったって、家がお金持ちだったからって、人生の全てが満たされてしまうなんてことは恐らくないので、飽くなき挑戦!!新しい人生!!というのは理解できる。でも、なんで、とどうしても思ってしまうのだ。

 なぜ自分が「俳優」ではなく「映画監督」になりたいのかというと、映画監督も同じく「様々な役を通じていろんな人生を経験できるので最高」なのだけれど、なんせ映画監督は自分の容姿や運動神経からも解放され(役者に任せればいい)るし、「人生経験」の「人生」さえも自分の力で意図的に操れてしまうからだ。

 どんなに自分の容姿に自信がなくても、女性変身欲求があったとしても、めちゃめちゃ綺麗な女優を主演にキャスティングしたら「最高の人生」が送れてしまうのだ。しかも自分は実質的にはノーダメージで。

 だから、映画を撮るということは「アバター」で主人公がアバターとして惑星を探検し、そこで新しい人生を見出すことによく似ていて、そういう意味で自分が中学生の時に「アバター」を観て、ほぼ直観的に「ああ、映画監督になりたい」と思うのは自然だったのだな、と今ならわかる。一切筋肉を鍛える気はないのだけれどムキムキになってみたいし、カースタントマンにはなりたいくないけど生死スレスレのカーチェイスをしてみたい。そういう願望のひとつひとつが、具体的な夢として「映画監督」になっていったのではないか、そんなことを今、まさに思ったのでこうしてここに書いてみた。

 それだと、小説家でもいいんじゃない?と思われそうな気がするけれど、小説は「人生」と呼ぶにはあまりにあまりに具体性がない。具体性がないというか、人生を追体験するにはあまりに小説は観念的すぎる(それは、僕たちの人生があまりに具体的すぎるから、という意味で)

 ずいぶん面倒臭い話を書いているなあと自分でも思うけど、なんとなく人生のヒントはここにある気がする。映画監督になるしかない。明日はMVの撮影なので、今までの自分とは全く違う、自分でも撮り終えた後に観て驚くような作品を撮りたい。そしてビールを飲みたい!!!!

2016年映画ベスト10

 2016年もたくさん映画を観たので、その中から10本、好きな映画を選び出した。基準は、2016年に日本で公開されていて、ちゃんと映画館で観た作品の中から。2016年もたくさんの素晴らしい映画をありがとう!!

1位「ザ・ウォーク

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 2015年に一度だけ観る機会があったので、2015年ベスト10にも入っているのだけれど、今年あらためてIMAX2回を含む5回を劇場で観て、まさにまさに人生の一本だなあ、と思った。ザ・ウォーク崩れの自主映画をたくさん撮ったし、それで賞を頂いたりなんかする2016年でもあった。この映画に何度救われ、勇気づけられ、俺はまだまだ人間としていける!!と奮い立たされたことか!!こういう映画があるからこそ、自分は映画を観続けるし、撮り続けるし、この世界で生き続けようと思えるんだと思う。これからもよろしくお願いします。

2位「ゴーストバスターズ

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 正直、レーザーIMAX3Dで観なければここまで好きにはならなかった。それぐらいレーザーIMAX3Dでのこの映画の迫力は人類映像史を超越していたし、あんなにも映像の力だけで何もかもを持って行かれた瞬間は今まで一度もない。感情の追い剥ぎとでも言うような、圧倒的、圧倒的映像体験だった。これを言う度に一部の層からめんどくさい反論を喰らうので滅多には言わないけど、レーザーIMAX3D版は、通常上映2D版とは完全に別の作品(通常上映2D版も観た)だとさえ思う。2016年夏、映画の未来が、エキスポシティに確かにあった。

3位「ヒメアノ~ル」

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 昔から吉田恵輔監督の大ファンで、これもかれこれ1年以上前から楽しみにしていたのだけれど、その半端ではない期待値の更に上をゆく気色の悪い映画だった。

 とにかく森田剛がすごいという話になりがちだけど、この映画における濱田岳のあの芝居!!死ぬまで眺め続けてられるね!!吉田監督のドキュメンタリー映画スレスレ演出も殺しの場面を盛り上げる盛り上げる、それでいて最後の最後はちゃんとあえてアンバランスに物語を落として、ただサイコを扱っただけの全うなエンタメには仕上げてこないあの斜め上から攻める感じ!!何もかもがツボでツボでたまらない!!

4位「BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント」

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 こんなにも監督本人から直接語りかけられているような感覚になる映画を知らない。これはただの映画ではないし、スピルバーグが(自分がジジイだと自覚した上で、存在する)若い世代に贈る最高のプレゼントだと思う。

 いくら夢を与える仕事だと言っても、我々ジジイ(スピルバーグ自身)は結局保守的な思想から永遠に抜け出せないし、気分次第では結局戦争だって賛美しちゃうし、自分の身を守るためなら夢じゃなくて「悪夢」だって平気で作っちゃう。だから我々ジジイをいつまでも持ち上げるんじゃなくて、君たち、子供たちがこれから世界を作っていかなきゃならないんだよ、という優しすぎる説教。そのまま突き放すわけでもなく、かと言って甘やかすわけでもないあの最高に美しすぎるラスト。子供たちの声はいつまでも世界中に響いて、老人たちの耳元まで届き続けるのだ。

5位「アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅」

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 バートンが天才特有の孤独感を何も噛み砕かずにそのまま映画で語っていると仮定すると、この映画はその孤独感を全人類にわかるところまで普遍的なものに味付けし直して、綺麗なお皿で美味しそうに盛り付けて食べさせようとしているという印象がある。大抵そういう映画はものすごく巧妙でこざかしかったりするものだけど、この映画はそれを絶妙にスカしたり、ただ純粋にしくじっていたり、味わい深い愛嬌がある。

 すごく強烈な劣等感映画でありながら、すごく真意に作られたフェミニズム映画で、観ている最中何度も何度もボロボロに泣いていた。過去なんか振り返るな!!なんてのは全くの嘘で、過去を振り返らずして人間は未来を創ることなんかできない。過去と未来は常に表裏一体で、何が大切で何が大切じゃないなんてことは絶対にないのだ。そういうテーマとフェミニズムとの絡め方がもう絶妙に上手くて、最後のキメ台詞なんかもう本当に……すごく良い名画だったなあ

6位「LOVE 3D」

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 映画を好きになり始めた頃がちょうど「アバター」の影響で3D映画元年だなんて言われていて、自分もそれに乗っかって3Dで観れる映画は片っ端から3Dで映画を観ていた。その名残で今でも3D映画は出来る限り3Dで観ている(3D上映少ない劇場は最低)

 そしてこの3D映画、3D映画のひとつの到達点だと思い、観終えた瞬間、今まで観てきた3D映画が一気に走馬灯のように駆け巡った。こんなにも3Dというテクノロジーの本質を、映画の情緒に乗せて描き切った3D映画!!かつて存在しただろうか!!

 もうあの頃には戻れない記憶、鮮明だけれど手は届かない、そんな切ないファンタジーが立体視で迫って来る。迫って来るけど、もちろん映像なので手は届かない。劇場のスクリーンの奥に、もうひとつ部屋があるのではないかと錯覚するカメラアングル。あの部屋で、何が行われているのかを、観客は演劇を観劇するかのようにリアルタイムで追った気になるのだけれど、それも実は全て虚構で存在しない。立体、というだけで本当はただの3D映像なのだから……映画はいつだって人間の儚い記憶、取り戻せない思い出……

7位「何者」

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 本当に観終えた瞬間、どうしようもないぐらいに感動した。あの底意地の悪い原作を、こういう解釈で見せてしまうのかああ!!これは一本やられましたわああ!!と心の中で叫び続けていた。ある意味、6位の「LOVE 3D」とすごく似ている映画かもしれない。

 序盤から中盤になっても延々と微妙なテンションの芝居を続ける役者陣、変なタイミングで流れるスカした音楽、棒読み狙いの定型文的な台詞、全ては主人公の自意識からなるもので、ここまでズカズカと人間の自意識に踏み込まないで!!やめて!!精神的に死ぬからやめて!!という映画。自意識過剰の人ほど深く深く刺さる映画だと思う。

8位「テラフォーマーズ

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 三池崇史監督の映画なので、最初から本気のSFなんて求めるほうが間違ってる。物語の設定や企画自体をバカにしたブラックジョーク大作として攻めてくるに違いない、と思って観に行ったのだけれど、観てみると8割は裏切られた(逆に2割はそうだった)

 想像以上にちゃんとSFをしっかりガッツリやっているし、SF映画的快感に満ちている。空飛ぶ車を真下から捉えるカメラアングル、宇宙船の窓がバカァ!!って開いた瞬間に浮かび上がるタイトル、小型衛星機のわけのわからない躍動感、かつで小学生の頃に胸をときめかせながら観ていたチープなSFドラマの、あの感覚がじんじん蘇ってくる!!

 そうだった。俺は幼い頃、こういう興奮の仕方を映画でしていたんだ、と十何年ぶりに思い出したような気がした。あれからアート系の映画を観たり、前衛芸術にかぶれたり、村上春樹に没頭したり、いろいろあってすっかり変わってしまったけれど、かつて俺はこういうものにドキドキワクワクしていたんだ!!と思った。そして泣いた。2016年観たどのSF映画よりも輝いていたSF映画。

9位「リップヴァンウィンクルの花嫁」

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 ものすごくいろんな側面の魅力を持った映画だと思うけど、何にせよ死ぬほど面白い。体感時間1時間ぐらいだった気がする。あれよあれよと言う間にいろんなところに主人公と一緒に引きずり回される3時間。これは一種のアトラクションだと思う。

 不思議の国のアリス顔負けなぐらいメルヘンチックでロマンティックかと思いきや、警察密着24時顔負けのリアリティで主人公の顔面を何度も何度も強く殴る。精神をどういう状態に持って行けばこんな脚本を書けるんだろう。特に、ただの一場面があっと言う間に盗撮映像になってしまうあの瞬間は、吉田恵輔映画級の圧倒的グロテスクなリアリティがある。

 岩井俊二の映画は他に観たことないのだけれど、とにかく女優が綺麗で綺麗で、黒木華はこの映画を観て女優であるよりもまず女性として、さぞかししあわせだったんだろうなあと思った。自分もそういうしあわせを女優に感じてもらえる映画監督になりたいなあ

10位「アングリーバード」

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 アングリーバード最高だったよ!!って言うと100%の確率で「は?」って言われるんだけど、本当に面白い映画だった。怒の感情の捉え方が真逆な「怒り」と比較してもすごく面白い映画だし、人種問題の決着の付け方が真逆な「ズートピア」と比較しても最高に面白い。単純に一本のアニメーション映画としてもすごくクオリティが高いし、何よりカメラワークがラリってる。

 どんな劣等感もないよりはマシで、何だって見方を変えれば武器にできるんだという前向きなメッセージと、ストレートに言うと「移民はクソ!!」っていうすごく後ろ向きなメッセージ。最後に罪滅ぼしみたいな適当な和解シーンを入れてるのも最高にかわいいし、ズートピアと並んでこういう映画もしっかりヒットするのが、強い国アメリカなんだなあとしみじみ思った。

 

2016年はいろいろあったりなかったりで例年と比べてあんまり劇場で映画を観れなかったので、今年こそはしっかり劇場でたくさんの映画を観たいと思う。楽しい映画、楽しくない映画、くだらない映画、切ない映画、たくさんの映画に2017年も出逢えますように!!!

 

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お雑煮のお餅で死にかけて以来、お餅は箸で細かく切ってから食べる